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No.013

商店街アーケードの生産日本一


神村鉄工 本社
神村鉄工株式会社
所 在 地 : 〒799-1527
今治市長沢甲1165
代 表 者 : 代表取締役 神村 鉄雄
T E L : 0898-48-2525
F A X : 0898-48-7635
主要業務 : アーケードの企画・設計・施工・リフォーム・メンテナンス
U R L : http://www.kamimura-arcade.co.jp/
E−mail : webmaster@kamimura-arcade.co.jp

(インタビュー) 神村鉄工株式会社 代表取締役 神村 鉄雄(かみむら てつお) さん

[愛情と誇りを持ったアーケード作り ]
ら く 「ねぇ、今度の会社何の会社?」
担当F「あぁ、アーケード作る会社」
ら く 「へー、アーケードかー。ええっ!?アーケードォォォ?」
担当F「そうですよ。」
ら く 「アーケードって、あの銀天街や大街道の屋根みたいなとこの、アレ?」
担当F「まさしくそうです。たしか大街道のも神村さんとこが作ったような・・・」
ら く 「ぬぁにー?それは興味あるぞー!」

 というわけで、やってきました神村鉄工。
 アーケードを手がける会社は、全国でもたった4件。その中の1件で、いつもかなり厳しい競争をしているという。その中で、勝っている理由を尋ねてみると、ズバリ「信用です」との答え。もう一つは「社員がアーケード作りに愛情と誇りを持っていること」と言い切る。
 担当Fの言うとおり、松山の大街道・銀天街もこちらのアーケードなんだそうだ。そう聞くとなんだか愛着がわいてきたぞ。あらためてゆっくり見てみよう。
神村鉄雄社長

[脇役として商店街を演出 ]
説明を受けるらくさぶろう
 創業は昭和20年。戦争で今治も焼け野原になり、タオル工場の織機の修理をするような鉄工所だった。ぼちぼちと計量鉄骨でアーケードを作ることが始まり、それを手がけたのが始まりだという。最初は地元の今治の商店街、次が松山銀天街。
 僕が松山に引っ越したのが5歳のときで、そのころの大街道はまだ車が通っていた。たまに歩行者天国になってたりもした。当時はアーケードなんて無かったとばかり思っていたが、ちゃんと神村さんところの片側アーケードがあったという。そして全面のアーケードへと変わったのである。
 天気によって開け閉めできるが、あれはどうやら消防法の規制の関係で、排煙のために開けられるシステムになっているらしい。
 アーケードも時代によって確実に変化をとげている。社長はこういう。「あくまでも店が主体。アーケードが主体になってはいけない。アーケードはあくまで機能性のもので、店舗よりアーケードが目立つとすぐに飽きられる。」
 そうですよね、店をいかに引き立てながら全体をどう創り上げていくか、これはなかなか大変なことですぞ!
 最近、商店街でヘンなもの見かけませんか?そう、落書き。夜中に出てきて書いているヒマなやつの仕業でしょうが、アレに強いアーケードを現在製作中だ。
 落書き対策が主ではない。アスベストが問題になっているが、常温ガラス皮膜でアスベストを無害化する施工をしている。普通、ガラスは高温で溶かすが、それを常温で吹き付け施工できるという。表面がツルツルなので、落書きもすぐに消せるというわけ。
 あぁ、これから他所の土地に行ってもアーケードをじっくり見てしまいそうだ・・・。
工場内で製作中のアーケード
(2006年7月5日訪問)
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