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No.014

技術を追求し続ける今治タオル

藤高 本社外観
株式会社藤高
所 在 地 : 〒794-0026
今治市別宮町3丁目5-16
代 表 者 : 代表取締役 藤高 豊文
T E L : 0898-32-5100
F A X : 0898-31-2210
主要業務 : タオル製品製造販売
U R L : http://www.fujitaka.co.jp/
E−mail : http://www.fujitaka.co.jp/toiawase/index.html

(インタビュー) 株式会社藤高 代表取締役 藤高 豊文(ふじたか とよふみ) さん

[タオル業界変革の時代 ]

 タオルの製法について、僕はあまり考えたこともなかった。この『バリバリトップ直撃』をやらせてもらっているおかげで、タオルに関してはかなり詳しくなった。
 タオルの製法には大きく分けて二つ。泉州の『後晒し』と今治の『先晒し』。『先晒し』は原糸の状態でまず染める。それをジャガードという模様をつける機械で織ってタオルにしていくのだ。この藤高さんもその技術を追求しているメーカー。
 社長は(神戸)大学時代からあまり帰りたくなかったのだそうだ。小さい頃から男の子は一人だったことから、周りにはゆくゆくは継ぐのだろうと見られていたようだ。創業者のおじいさんが病に倒れ、見舞いに行った枕元でこう言われた。「タオルは斜陽といわれているが、まだいける。だからお前はタオルをやりなさい。」
 プレッシャーもあったのでしょうか、大学卒業後しばらくはマーケティングの会社で仕事をしていて、それから帰ってこられた。入社当時に社長をしていたのは叔父さんで、その時はこう言われた。「これからのお前達はかわいそう。タオル業界のいい思いは私たちがしてしまった・・・。」ガーーーン。こんなことを言われたら、「そ、そんな・・・」と腰が引けそうになるだろうが、社長は生産形態を見直していった。40歳で社長に就任。その時はまだ充分利益が出ていたが、バブルが崩壊。就任4〜5年で営業利益がゼロになってしまった。その時は会社を辞めるかどうするかという局面に向き合う。その時にある人物に会って考え方がガラリと変わることになる。
 トヨタ系の『アイシン精機』というところから、白鳥専務が産地青年部の勉強会の講師として指導に来られていた。その時にはっきり「このままではベトナムにも負けてしまう。」と言われた。その辺にあるタオルを一枚つまんで、「これがいつどこに出荷されるか分かりますか?」と聞かれる。分かるはずがない、と思っていた。そこがいけなかったのである。さあそれからアイシン精機に行って教えを受けた。しかし社長自信は分かっていても、それが社員全てに受け入れられるかというと、違う。トヨタ方式に無駄を省くということが受け入れられなかった。従業員に対しては、余剰人員を削減せよという指導もあったらしいが、それまでの2交代を3交代にすることで、首を切らずにすんだと言う。
おじゃましまーす
藤高豊文社長

[ジャガード技術の追求 ]
これ、タオルですよ。
 今治がタオル産地としての地位を確立するために、各社日々技術の追求をしている。現在、四国タオル工業組合理事長も務めている藤高さんも、例外ではございませんぞ。。
 僕の目の前にあった一枚のタオルは、さながら油絵のような一枚だった。基本的にタオルの縦糸は2色が限界らしいのだが、それをいかに色数を増やすか、ということに取り組み、特許申請している方法が出来上がった。これだと人の肖像等もかなりリアルに出来るし、美術品の様な仕上がりになる。一枚いかがですか?
 会社は何のためにあるか?というのは、社員とその家族が豊かに生活するため、という社長。
 息子さんは、大学生として神戸にいらっしゃるという。 継いでくれるのか、どうか?内心はやはり継いでほしそうに見えましたョ。

(2006年7月5日訪問)
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